聡の仏頂面に、コウとツバサが肩を竦めた。
「普通は、あんまりないよね」
「たぶんね。私は唐渓以外の高校とか中学に通ったことがないからわからないけど」
そう言って、ツバサはゆっくりとコウの横に腰を下ろした。コウの逆隣には瑠駆真。ツバサと向かい合う形で聡。瑠駆真と向かい合う形で美鶴。
「でも、一応それがウチの学校の決まりになってるし」
「知らねぇよ」
「転入時に聞かされなかった?」
「知らんな」
「僕も知らなかった」
瑠駆真が口を挟む。
「口で説明をされた覚えはない。でも、昨日帰って転入時の書類を出してきてみたら、確かに書いてあったよ」
進路の決定権は、概ね学校側にある。
「マジかよ」
聡が声をあげる。
「じゃあさ、生徒は学校が決めた大学に強制的に進学させられるって事か?」
「もちろん絶対強制ってワケではないけど」
「受からなきゃ、進学はできないしね」
「でも今日の担任の話じゃ、それっぽい内容だったぜ」
「絶対にこの学校へ進めって?」
「少なくとも、受験はしろって言われた。受験して合格しろ。進学するかどうかは俺に任せるけど、合格すれば進学する事になるだろうってさ」
そこで聡は机を睨み付ける。
「それが親の希望だからだそうだ」
下唇を噛む。
「生徒の意見は聞かずに、親の意見はしっかり取り入れるんだな」
学校側は、生徒との間には進路に関する話題などほとんど出してはこないが、一方で、保護者からはしっかりと情報やら希望やらを聞きだしている。二年に進級してからすでに三回、担任と保護者との間で面談が行われていたのだ。
「それが唐渓だからね」
コウが机に頬杖をつく。
「生徒には進路についてのアンケートも取らないけど、親からは一年の時から意見を聞いているはずだ」
「親と学校が進路を決めるのか」
「それが唐渓だ」
コウがポリポリと頬を掻く。
「子供の未来は親と学校が決める。それが唐渓だ」
「それで納得してるのか?」
「納得しなければ通えない」
コウと聡の視線がぶつかる。
「唐渓に通う生徒は、親の七光りで生活しているようなものだ。子供に権限はない。そして学校は、在籍している生徒に"唐渓生"といういわば称号のようなものを提供している。その代わりに生徒は学校の価値を高めるための進学率を提納する」
「相変わらず、吐き気のするような学校だな」
「そこまで反発する事でもないんじゃないのか?」
意外にも反論してくるコウに、聡は目を剥く。
「何でだよ? こっちの未来を勝手に決められるんだぜ」
「すべてではないよ」
「そうよ」
ツバサも同意する。
「さっきも言ったけど、絶対強制ってワケではないわ。こちらの意見はまったく無視ってワケじゃない。進みたい進路があるならそれも考慮してくれるわよ。ただ、偏差値的に学校の意向に副う大学への受験が前提だけれど」
「就職って進路はないのか?」
「進学率が落ちるから認められないわね。どうしてもって言うなら、それこそ卒業直前で退学させられるわ」
「半分強制みたいなもんじゃねぇか」
「でも、進む方向を決めるのには、こちらの意見もある程度は取り入れてもらえるし。進路についての面談はこれからもあるから、意見があるなら言えばいい」
そんなツバサの言葉を遮るように、聡は再び紙を投げる。そうして、うんざりしたように息を吐いた。
「俺の場合、それは無いな」
「何でよ?」
首を傾げるツバサに、聡は嘲るように笑う。
「進路は親がもう決めているからだ」
今度はツバサが紙を広げる。学校が提示してきた大学の名前が複数。国立大学に有名私立大学。学部は経済学部やら経営学部。法学部というのもある。
「法学部? 金本って、理系クラスだよな?」
「だよ」
「法学部? 何で?」
「知らねぇよっ」
なげやりに叫ぶ。そもそも、転入時に理系クラスを熱望したのは親だ。聡の意志はほとんど無かった。
「税理士になるのに、数学は必要だわ」
そう言って、数学の苦手な聡を理数クラスへ突っ込んだ。
「まぁ、学部もなんだけどさ、改めてこの紙を見てみると、なんだか腰が抜けそうになるな」
ツバサの広げる紙を横から覗き込むコウ。
「こりゃまた大層な大学ばっかり。このあたりの大学なら数学も理科も国語も外国語も、どれも良点を取らないと合格はできないけどね。それにしても一流どころがズラリだな。お前って、意外にテストの点も上位に食い込んでるしな」
「意外は余計だ」
英語なら得意だ。だが一流大学ともなると、一教科だけが突出していても合格はできない。聡の場合、数学さえ克服できれば合格圏内だと担任は言った。つまり、数学が足を引っ張っているのだ。母はこれを危惧していたのだろう。
数学を克服させて、何としても一流大学へ合格させる。そして義父の後を継がせて税理士にさせる。
税理士という職業は、実力だけでは成り立たない。学歴やそれに伴う人脈も大きく影響する。個人経営ともなるとなおさらだろう。
「とにかく、俺は納得できねぇな。他人に自分の進路を勝手に決められるのは嫌だ」
それがたとえ親であっても。
遠慮もなく怒りをぶちまける聡。だが、次のコウの言葉に、今日初めて口を閉じた。
「なら、お前も意見を言えばいいだろう? お前はどうしたい?」
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